ロサンゼルス日和-The heart of it-

ロサンゼルス在住です。アメリカ生活のあれこれ。

3年ごとに訪れる転機

人生の転機

私の人生は3-4年ごとに大きな転機を迎え、ここまでやってきました。

 

 

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生まれてから18歳まで:栃木の田舎町で幼稚園~高校卒業までする。今考えると、限られた人間関係の中で比較的古い価値観で育ってきたような気がします。

例えば、

  • たくさん勉強して、いい高校大学に行けば良い。
  • 部活に入っていい成績を取れば内申書が良くなる。
  • 流行りのCDを買ったりTVドラマを見て友達との会話について行かなければならない
  • みんなと同じような洋服を着て、その中で個性を出す。
  • プリクラを取って、それを友達と交換するのは大事
 
そんな感じです。ここから私の人生は大きく変わっていきます。
 
まず高校3年で受けた大学全てに落ちてしまった私は浪人を余儀なくされます。
また、そのタイミングで父親の仕事の都合で東京に家族で引っ越すことになりました。
そして駿台予備校のお茶の水校に入ることになったのです。
 

19歳:浪人

19歳の1年間は浪人していたので、青春という感じではなかったです。ただ、東京出身の友達がたくさんできて、お昼を一緒に食べたり、たまにカフェやカラオケに行って気分転換をすることで仲を深めていきました。また、みんな国公立を目指す理系のクラスだったことから、共に戦う戦友を得たような気持ちでいました。
また、家の近くにルミネや賑やかな商店街があったので、予備校帰りにふらっとショッピングしたりしていました。
 

20歳ー23歳:大学生

北海道大学に合格した私は、大学生活の4年間を札幌で過ごしました。初めての一人暮らし、華の大学生活、バイト、サークルなど・・・
大学1年の頃は人生で1番はじけていましたね。とにかく遊びまくっていたし、友達とオールで呑んだり、酔い潰れてめちゃくちゃになったり・・・
サークルの部長になって春や夏は合宿をしたり、演奏会を開いたり。
あとは大学2年の頃に彼氏ができて、その後6年半付き合っていました。
ああ・・・楽しい札幌生活だったなぁ。
 

24歳ー26歳:会社員時代

ほとんどの友達が大学院に進学する中で、私は就職活動をし、とある専門商社への就職が決まりました。
その会社はバリバリの営業マンが多く、体育会系で、総合職の女子率がすごく少なかったです。私はその中でも特殊な部署に配属され、商社としての機能よりもメーカーと協力して製品を実際に作って売るような仕事をしました。
しかし、私はその仕事があまり好きではありませんでした。ひたすら新規営業に回っていた時は、なんて時間の無駄なんだろうといつも思っていたし、自分が売らなければならない製品も好きではありませんでした。
こんな仕事を続けるなんて無理だと既に入社して数か月目で考えていたほどです。
 

27歳ー29歳:ニューヨーク生活

27歳を直前にして私はついに会社を退職しました。そして単身でニューヨークに渡ってきました。
環境を180度変えることで、私の周りの人間や、言語、考え方、価値観などが全て変わりました。渡米から半年後には長年付き合っていた彼氏とも別れてしまいました。この選択は本当に正しかったのか、長い間悩んでいましたが、もう割り切っていくしかない、どうにもならないことも世の中にはあるのだということを学びました。そして、尊敬できる友達から色々学び、29歳で大学院合格→入学を果たすことができました。また、外資系の企業でインターンシップとしても採用され、目標に少しずつですが近づいているかも?と思えるようになりました。
 

30歳ー?

さて、私は2か月前に30歳になりました。私は今まで住んでいた家賃が安くて狭いブルックリンのシェアハウスからクイーンズの広い部屋に引っ越すことに決めました。
自分の中で少し環境を変えたいという思いがあったのと、生活の質を大幅に上げて、自分のパフォーマンスを最大化したいと考えたからです。
これからの3年間、どんな風にやっていこうか考え中ですが、来年の夏に卒業して、OPTを取得して働くのが進むべき道なのかな?とは思います。
ただ、結婚や出産も経験してみたいような気がするし・・・でも本当に子どもが欲しいのかな?と深く考えるとそんなにいらないような気もするし・・・。
でも産んでから後悔することは絶対ないはずなので、30代前半に子供を産むことを前提として前進したほうがよいのかな?うーん・・・。
こればっかりは「正しい答え」が存在しないので、自分で考えるしかないんだよね。
 

今後は

まとまりがない文章でしたが、とにかく私は自然と3年ぐらいのスパンで人生の方向性が変化していっているように思います。
これからはもっとその時間を短くして、1年ぐらいごとにライフスタイルを変えていけるような勇気を持ちたいと思います。